知り合いに勧められたこともあり現在のジャンプの看板「ワンピース」を読んでみたのですが私は真面目すぎるように感じてしまい5巻でストップしてしまいました。
今、昔のジャンプの看板作品を読み返したらどう感じるだろう、と思ってこの「ドラゴンボール」を読み返してみました。
センスの良い絵柄・キャラデザインとギャグ(ちょっとエッチなもの多し)がマッチしていて小さい頃と同じく楽しく読んでいる自分に気付いてしまいました。
そしてシリアスなバトル漫画に移行してからいつの間にか読むのをやめたことを思い出しました。
小さい頃は腹を立てていましたが今となっては商売として連載を続けていく上では仕方の無いことなのかな?とも感じたりします。
読者個々で「これ以降の話は無いことに」というポイントを設定してみる、という読み方もあるのではないでしょうか?
ドラゴンボール 完全版 (1) ジャンプコミックス
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やっぱり、悟空の小さいころが一番面白いですね。
敵役もみんな愛嬌があるし、まさに「摩訶不思議大冒険」です。
後半のようにやたらと人が死なないのもいい。
ピッコロ(マジュニア)を倒した所で止めていればカッコ良かった。。。
敵役もみんな愛嬌があるし、まさに「摩訶不思議大冒険」です。
後半のようにやたらと人が死なないのもいい。
ピッコロ(マジュニア)を倒した所で止めていればカッコ良かった。。。
大衆受けするものは苦手ガチなので読む前から不安だったのですが、見事にハマリませんでした。
聞こえが良く言うとアメリカ人が好みそうな…私に言わせてもらえばストーリー展開が敵を際限なく強くする以外に能が無いのか!?ってくらいワンパターンですね。逆にそのシンプルさが猛烈に支持される理由なのかもしれませんが……
自分より遥かに強い敵が現る→修行で強くなり撃破→数年後さらに強くなったハズなのにそれをものともしない強すぎる敵が現る→修行で強くなり…が1巻から42巻まで多少は違えどほぼ同じストーリー展開、いま振り返ればよく最後まで読めたなぁと自分を感心してしまいます。
絶大な人気で辞めれずにエンディングを先延ばしせざるを得ないシステムに問題のある、漫画産業の被害作品ではないかと思います。
聞こえが良く言うとアメリカ人が好みそうな…私に言わせてもらえばストーリー展開が敵を際限なく強くする以外に能が無いのか!?ってくらいワンパターンですね。逆にそのシンプルさが猛烈に支持される理由なのかもしれませんが……
自分より遥かに強い敵が現る→修行で強くなり撃破→数年後さらに強くなったハズなのにそれをものともしない強すぎる敵が現る→修行で強くなり…が1巻から42巻まで多少は違えどほぼ同じストーリー展開、いま振り返ればよく最後まで読めたなぁと自分を感心してしまいます。
絶大な人気で辞めれずにエンディングを先延ばしせざるを得ないシステムに問題のある、漫画産業の被害作品ではないかと思います。
音楽や映画でもそうだと思いますが、そのクリエイターの凄さを測るとき、その人以降のクリエイター達にどれだけの影響を与えたか、ということが、測りのひとつの目安になると思うが、マンガ描きにとって、少なくとも今のドラゴンボール以降のジャンプで、鳥山サンの影響を受けてない人はいない、と言えるくらい、鳥山さんは凄い人です。ワンピースなんて、まさに鳥山チルドレンですから。
かつて、手塚治虫サンに憧れて、そこから有名なマンガ家が数多く生まれて、日本のマンガが発展していった、という歴史がありますが、現代のマンガ界において、日本のマンガやアニメが世界で楽しまれているのも、ひいては鳥山サンがいたから、といっても過言ではないのです。
日本が世界に誇るマンガの歴史に残る最高傑作は、少年マンガを愛する者なら避けては通れません。50年後の少年達も、いつか必ずこのマンガを手に取ります。21世紀の現代でも手塚治虫サンのマンガが楽しまれているように。
未来の子供たちよ。このマンガは最高だぞ!。必ず読め!。
かつて、手塚治虫サンに憧れて、そこから有名なマンガ家が数多く生まれて、日本のマンガが発展していった、という歴史がありますが、現代のマンガ界において、日本のマンガやアニメが世界で楽しまれているのも、ひいては鳥山サンがいたから、といっても過言ではないのです。
日本が世界に誇るマンガの歴史に残る最高傑作は、少年マンガを愛する者なら避けては通れません。50年後の少年達も、いつか必ずこのマンガを手に取ります。21世紀の現代でも手塚治虫サンのマンガが楽しまれているように。
未来の子供たちよ。このマンガは最高だぞ!。必ず読め!。
コミックス版の何卷だったか忘れたがカバーに書いてある 作者の一言に キャラへの思い入れは無いと書いていたのを見て少しショックを受けた。



