しかし、そうした間にも『ルバイヤートを写した紙片はつねに私の身辺にあり』(p.8)『ペルシア語の原詩は筺底に秘したといっても、私の脳裏にあるのだから、ときどき口を衝いてでてくることはあった』というのです。この序文には感動しました。
戦時中さまざまな想いのもとで、ひとりルバイヤートの日本語訳を続けていた陳舜臣さんには、台湾の人だからこその理想化された「故国・日本」への純粋な想いがあったのだろうと思う。
サーキーよ、かつて行きすぎた人
誇らかに塵土に眠れり
行きて酒を干せ、われ真実を語らん
ああ かれら語りしは風の言葉にすぎざりき
(陳舜臣訳、集英社、p.28)
と、ひとりで、誰に読ませるためでもなく、しかし見事に日本語訳をつけていた陳舜臣さんの姿が浮かぶ。



