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別れのワルツ
ミラン クンデラMilan Kundera西永 良成
価格: ¥2,520 (税込)

単行本
出版社: 集英社
発売日: 1993/06
ISBN: 4087731723
おすすめ度:5.0
Amazon ランキング: 201212位
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人間の業と罪を浮き彫りにした群像劇
「カラマーゾフの兄弟」の翻訳者・亀山郁夫さんが佐藤優さんとの対談書「ロシア、闇と魂の国家」で最高に好きな作品と評したので購読しましたが、1973年に書かれた本書は一読の価値が有る重要な古典的作品でした。

チェコのプラハ(大都会)に住む有名トランペット奏者と田舎の温泉保養地で働く美しい娘の出会いがきっかけで舞台が急展開し始めます。トランペット奏者の美人妻、不妊治療を狂気を持って行う医者、その友人の元革命家の亡命希望者とその友人の娘、宗教心のあるアメリカ国籍を持つ裕福な紳士等々が入り乱れ、愛(の遷移)と性と死を人間の業と罪を持って深く抉り出しています。

ロシア語通訳者兼作家の米原万里さん(故人)は「チェコ人はずるいから嫌い。クンデラには感動がない」と言い放ったそうですが、たとえ感動が無くとも読者は自らの業と罪を省みずにはいられなくなるそんな深みのある作品です。
Je t'aime...Moi non plus.
 物語の舞台は、子宝の湯湧き出す温泉街、その地に暮らす一人の女の妊娠からすべては
はじまる。
 未生の子供の父親は、かつて一夜を過ごしたトランペット奏者。青天の霹靂、女の知らせに
困惑を隠せない男は中絶を選択させるべく、女への愛の偽装を決意する。「君とはまだ恋人で
ありたい。ところが愛は家族に席を譲る。だから子供はまだ早い」という筋書きだ。愛なきが
故にこそ愛を騙る。そうして男はコンサートを口実に、女を説得すべくその温泉街を訪れる。
 そんな二人の再会を契機に、周囲もまた、止めどなきすれ違いを重ねながら、はかなく
運命に翻弄されることとなる。
 亡命を決意した男、その友人の愛娘、冷徹な医師、アメリカ人旅行者、音楽家の妻……この
チェコ人作家の仕掛けはあまりにしたたか、種々の対立軸を巧みに埋め込まれた登場人物が
織りなす眩暈のするような心理劇はエロス=愛・生・性をめぐってしなやかに絡み合い、
あたかもドミノ倒しを思わせる疾風怒濤の展開は、5日間の狂おしき群像劇の果て、あまりに
悲しき帰結へ向かう。

 無論、クンデラの作品を一様に覆うトラウマ、母国を襲った全体主義の抑圧はこの小説に
おいても濃密な陰影を落とすだろう。
 男性性と女性性をめぐる二項対立はいかにもクンデラ的な観察に満ち、軽さと重さをめぐる
生の問題は当然、彼のあの小説の記憶を呼び起こさずにはいない。
 重層的に畳みかけるクンデラの繰り出す世界に酔いしれずにはいられない珠玉の一冊。
クンデラのエンターテインメント
ミラン・クンデラはいつもストーリーを追うだけでなく自らの哲学=小説的思考をその作品に盛り込み、小説をせめぎあう思索の場と変容させる名人である。「不滅」などその典型で、慣れていない人がいきなり読むと難解に感じるかも知れない。ところがこの小説では他の作品と異なり、自ら「五幕もののヴォードヴィル」と称する通り同一の場所で、時系列に沿って、逸脱もなく(=突然エッセイが割り込んでくることもなく)、つまり普通の小説に近い手法で物語を展開して行く。従って非常に読みやすい。更に、クンデラは意図的に偶然の一致を活用することによって、ストーリーを劇的に転回させる。他の作品ではそれほど目立たないクンデラのストーリーテラーとしての才能がここで爆発している。トランペット奏者のクリーマに浮気相手のルージェナが電話をかけてきて妊娠を告げる。妻を愛するクリーマはルージェナの働く温泉場に赴き、なんとか彼女を説き伏せて堕胎させようとする。一方夫を疑うクリーマの妻は内緒で温泉場に向かう。そこへ亡命をもくろむヤクブ、アメリカ人の富豪バートレフ、奇矯な婦人科医スクレタが絡み合い、五日間の愛と死の遁走曲が始まる。クンデラ特有の優雅で軽やかな語りが紡ぐ、これはわくわくするような楽しい物語である。とはいえクンデラの持ち味である形而上学的ポエジーもやはり健在。亡命直前になってようやく、他に祖国はないと悟るヤクブのエピソードは感動的だ。クンデラ独特の人間洞察力が鋭いメスのように登場人物達の心理を抉り、悲喜劇調のボードヴィルが奥行きを増していく。筒井康隆氏が「今月読んだ一番面白いエンターテインメント」と「今月読んだ一番面白い文学作品」の両方にこの小説を上げていたが、これはまさしくそういう小説です。



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