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ユリシーズ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
ジェイムズ ジョイスJames Augustine Aloysius Joyce丸谷 才一高松 雄一永川 玲二
価格: ¥1,200 (税込)

文庫
出版社: 集英社
発売日: 2003/09
ISBN: 4087610047
おすすめ度:4.0
Amazon ランキング: 62549位
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a day in the life
・小説を読むということは、その小説の主人公に読者が憑依して疑似体験をすることだが、その憑依性というか、読者と作中人物との密着性が、他の普通の書き方の小説よりも遥かに強い作品だ。
まるで登場人物の内部に入り込み同じ体験をしているように感じられるのだ。
これを読んだ後、他の普通の小説を読むと、登場人物の経験が、ひどくよそよそしく感じられる。
・とくに素晴らしいのは「キルケー」の章だ。主人公の無意識の世界に生息している様々な人物が次々に登場してお祭り騒ぎのようになる。作家が、自身の心中の複雑な観念や想念から、作中人物や事件を造型してゆく現場に立ち会っているようだ。どんな複雑で形而上学的な観念も「劇」によって表現することが可能だ、およそ人間性は全て劇的なものによって成り立っているからだ、とジョイスは言いたいのだと思う。丸谷才一が、フェリーニの傑作「81/2」はユリシーズの影響を強く受けていると書いていたが、この章を念頭に置いた評であろう。
・これほどフロイトやユングの影響を、もろに受けた小説もないだろう。
・ジョイスは基本的に詩人であり、これだけ前衛的で大部の作品も、彼の詩人としての美的感性によって実に美しく整えられている。そこが一番素晴らしいところだ。なんという凄い芸術的執念だろう。同じ試みを彼ほど芸術的感受性に恵まれない作家が行っていたら、結果は悲惨だったろう。
20世紀の金字塔文学のカラクリ
ジェイムス・ジョイスのそして20世紀の傑作と名高いユリシーズ。分析していくだけで莫大な容量を必要とします。
細かな分析は評論家に任せてここは個人的な私見を書きます。

ユリシーズはハムレットから始まって古今東西の文学のエッセンスをうまく抽出して、小説の中にプロットと共に
うまく融合させています。
あらすじの動きに合わせてそれらの文学の引用を最適に引き出してくる、これがユリシーズの持ち味の1つでも
あります。
おそらくジョイスは古今東西の文学の集大成をどうすればいいのか考えたと思います。

そして小説としての形式の上に1つの引用集というアイデアを浮かんだのではないか?と推測します。
だからやたら古典文学の引用が多い。
勿論これだけがユリシーズの愉しみではありませんが、1つの視点として持っていて良いと思います。

尚、映画ではジャン・リュック・ゴダールが「映画史」という1000もの古今東西の映画の引用を用いて
1つの映画に仕立てました。
20世紀の初めにジョイスが文学を20世紀にゴダールが映画を集大成を試みたのは何とも奥ゆかしい事では
ありませんか!
ジョイスのおもしろさは日本人にはわからなくて普通
ジョイスの『若き芸術家の肖像』にげっそりしていた時に、
ダブルパンチでこの本が届きました。
2冊も!
いらんいらん。
こんなのわかる人は生まれも育ちもアイルランドおよびイギリス周辺で原文読みの人だけでしょう。
仮に神話的教養でパロディ構成がわかったとしても、
例えば、
イギリス暮らしの日本通のイギリス人が、
ダウンタウン松本人志のすべらない話を聞いて笑えますか?
笑いのツボがつかまりますか?
日本人中国人、とにかくこっちの言語生活ゾーンの人間に
ジョイスの笑いのツボや才能がわかるはずはない。
文体をぐちゃぐちゃに感じるだけです。
わからないのが普通で、わかると言う人間は信用できない。
少なくともツボにはまって面白く読んでる日本人はいないのではないでしょうか?
ジョイスについては、
神話的手法の文学史的価値だとか、むしろジョイスの天才性の研究ものの方が感心して読めると思います。本末転倒なんですけどね。
現時点の世界で最高の小説。二つ目のオデッセイが辿り着いたもの。
ジョイスは私でありジョイスは君であり、ジョイスはダブリンであり、アイルランドであり世界である。rose is rose is rose is rose, joyce is joyce is joyce is everything.ジョイスを読むためにラテン、ギリシャ、フレンチ、アイリッシュ、ロシアン...etcを学んで一生を無駄にできたら、そんなに幸せな人生があろうか。ユリシーズを読むのに訳注を読む必要はない、これは歌であって理解するものではないのである。理解するとはなんと古い感性しか私たちは持っていないのだろう、わかるとはなんだ、わからないとはなんだ。意味とはなんだ、意味がないとはなんなのだ、それのほうが真実に近いだろう、真実自体なのかもしれない。英語の原文で読むとジョイスの文学破壊(リベレーション)のすさまじさがわかる。ジョイスはとにかく扉を開いた。それがカフカの前にたたずんでいた門なのか、ただの女性器なのか、プルーストが失われた時間で探していたものなのか、サルトルの吐き気の正体なのか、キューブリックの黒い石板なのか、レディオヘッドの憂鬱なのか、まったくわからない。しかし僕らはユリシーズの後の人間だ、ホメロスの後の人間ではない。門をくぐれ、もっと光を!
パロディのお好きな方に。<20世紀版オデュッセイア>
私はただただびっくり。ユリシーズがこんなにケッサクな本だったなんて。エリート向け超難解専門書かと思ってました。
街の人々を<オデュッセイア>の登場人物に見立てた、ブルーム(とスティーヴン、モリー)の心の旅。彼らの弱さ、悲しみや孤独、もどかしさ、やりきれなさなど、声にならない想い(本音)が生々しく伝わってきます。
…と、お話は人間臭く切実なのですが、真面目なんだかふざけてるんだか、と〜にかくおかしいのです。言葉の遊びがお好きな方には、「こたえられない本」だと思います。そんなことよりまずはストーリーでしょ、という方には「めんどくさいだけの本」。お好み次第でしょう。
脚注の多さに一瞬固まりますが、すぐに慣れて独特のノリを楽しめるようになります。例えば向こうから知人が。→「ん。あれは。こんなとこで。(私)すっぴん!。困どきどき惑。はい、チーズ。キンカラコン。」みたいな調子の第1巻を過ぎると、がらりと文体が変わり、格・段・に面白くなります。源氏物語調や夏目漱石調が出て来たり(こういうのをパスティーシュというらしい)、戯曲や問答になったり。まあその多彩なこと!舌を巻くばかりです。(お下品さもまた多彩。女性の皆さんは短気を起こさないよう) 
私が特に気に入ったのは、軽快で読みやすい第12挿話<キュクロプス>と第16挿話<エウマイオス>。思わず「ぷ」ですよ。あれこれ考えずにぜひお試しを。 …しかし訳者って凄いですね。



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