都の子 (集英社文庫)
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色や匂いや触った感じに関するこの人の感覚も好きだ。
和室のふすまを開いたときの匂いや、曇りの日に感じることなど、
私が共感できる、「あぁあの感覚」というものがこの人の奇麗な言葉で
切り取られていて、読んでいて心地よかった。
彼女の作品はいつも彼女独特の感性と、世界で綴られていると思うが、
その原点は彼女のこういう生活感や、感覚の成せる業であると言う事がよく解る。私にこういう感覚があったなら、どういう生活を送るんだろう?
このエッセイは江国さんの子供の頃や、今でも大切にしている感覚や、生活の仕方について、季節や天気による自分の気持ちについて、人にわかり易い文章で書いてある。それらを読む事で自分にもこういう気持ちを、感覚を持ったと言う記憶が戻ってくる。
雪の日の楽しみ方
初秋の長袖を着たときの安心感と肌の感じ
紅茶の綺麗な紅い色
台風の日のワクワク感
知らない町での朝の散歩の新鮮な空気
かえるが手に乗ったときの温度の伝わり方
着慣れたセーターのぬくもり
雨の日の折り紙の少しだけ湿った感じ
ココアとホットチョコレートの違い
などなど
こういう感覚を心にとどめるか否かで、生活と言う物を大切にするかしないかが変わってくるのかもしれないと感じた。
こういう感覚を持ち続けて生きている事は幸福であると思う。
生活がマンネリだと思っている人に、感覚が鈍ってしまったと嘆く人にお勧めの一冊です。
以下は印象に残った部分です。ーー母の箪笥に対する特別な想い、そして今も大事なものをしまい込んでいるということ。空港が好きで、そこで傍観者としてなんの役割もなくただ立っているのが気持ちいいという感覚。雨の日のカエルへの想い。階段が好き、なぜなら「一人になれる」から。冬の夜道を歩いていると、時々一本のろうそくになっているような気持ちになる、満ち足りた気持ちで。アメリカの冬、みんなどこかで冷静に、澄んだ孤独を抱えていたし、他人の孤独に対する距離の取り方も知っていた。泣いた赤おに、青おにの友情なんかこれっぽっちも感じなかった、むしろ青おにに裏切られた気持ちがした。
どうしてこの女性はこんなにも孤独を愛するのだろう。そうしてそういう女性の「感覚」をどうして多くの女性が「共感」するのだろう。私も確かに孤独を愛する事がある。しかしこの「孤独」とは明かに違う。どうちがうのか。今はとても言葉では言えない。
この本もそうだと思う。実用的でない。どちらかというと、ハンカチの刺繍みたいに、余分な、けれど存在だけでうっとりとしてしまうもの。
小さな本の中に、更に小さく好きなものをちりばめてある。もう本のページをめくる前から江國香織、という感じのするものなのだ。
好きなものはとてもプライヴェートなもので、他人に話して聞かすのはためらわれることが多々あるのだけれど、それが全く嫌味でなく、かえって自分も誰かに伝えたくなる。
レースのハンカチにぽちぽちと施された刺繍のような、エッセイだ。最も本人は、「お料理をたくさん作って小分けにし、一つずつパッキング!して保存」したもの、と表しているけれど。
このエッセイは、江國さんのエッセイ集のなかでも、とくに感覚的で、詩的だと思います。



