表題作の「黄色い本」では、物語に夢中になった時のなんともいえない感覚、
それが見事に表現されていてぐっときてしまいます。
主人公、実地子にとってのジャック・チボーのような存在が
十代のとき誰にでもあるものではないかと思う。
それが人によっては小説であったり、音楽であったり…
この作品は、自分がそうして夢中になっていた時間を思い出させてくれます。
そしてそういうおそらく誰にでも経験のある、ごく個人的な感動が
漫画という手法で新たな物語として表現されていることに驚きました。
小説の物語と現実の世界とが交錯する表現は、
漫画だからこそ出来たのではと思うような独創的なもの。
一緒に収録されている短編も、微妙な人間関係のワンシーンを見事に切り取っていて
じわじわとした面白さがこみあげてきます。
繰り返し読んでいると、小さな1コマが実は凝っていることに気づいたり。
読み応えのある一冊で、同時にとても愛着のわく一冊。
黄色い本―ジャック・チボーという名の友人 (アフタヌーンKCデラックス (1488))
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Amazon.co.jp
寡作ながら時代のはやりすたりに流されない漫画を描き続ける、高野文子の4冊目の短編集。モダンで柔軟な絵柄と、ユーモラスかつ静謐(せいひつ)な描写と、高度で緻密な演出。これらが絶妙なバランスで同居する彼女の漫画の中には、さまざまな驚きと発見が隠されている。
たとえばロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を題材にした表題作は、読書の醍醐味そのものを再発見させてくれる。主人公の女学生は、流れていく日々の生活の中で『チボー家の人々』をゆっくりと読破する。極端に言えばただそれだけの物語。しかし、だからこそ『黄色い本』には、本を読む習慣のある人間にとってたまらない感動が詰まっている。いい本に出合い、その世界の中に没入して読みふけり、ある種のせつなさと共に読み終える。この一連の流れの中で抱く読者の複雑な気持ちが、さりげないあの手この手によって見事に再現されてゆく様の、なんとみずみずしく美しいことか。
ほかに収録されているのは、縁の不思議を絶妙に描く2つの短編と、オリジナルとは視点を切り替えて描かれた冬野さほの短編漫画のカバー。どの内容も、一度読んだだけではとても味わいきれないほど奥が深い。よく理解できない箇所があっても、描写を手がかりに想像を駆使しつつ読み込めば、見えてくるものがある。そして、ああ、そうだったのか!と一度感動したら、また何度もじっくり読み返したくなる好循環。まさに一生ものの1冊。(横山雅啓)
いわゆる「高野文子ワールド」を、十二分に堪能できる一冊。
表題作の「黄色い本」のほかに、「CLOUDY WEDNESDAY」「マヨネーズ」「二の二の六」が収められている。
「黄色い本」には「ジャック・チボーという名の友人」という副題が付けられ、言わずと知れた『チボー家の人々』をモチーフに、人生と読書との関わりが幻想的に描かれている。
本を読むということが、人生というものに対して深く関わり、人間の生き方や性向に少なからぬ影響を及ぼし得るものであることが、独特のまったりとした展開を通して、しみじみと伝わってくる。
他の3編も、一見、平凡な人生の一コマを切り取った中に、不思議があり、ドラマがあり、幸せや迷いや、悲喜こもごもの世界が展開し、奥深い。
一読するだけで終わるのではなく、繰り返し味わうことによって、よりいっそう深みが感じられてくる作品集である。
表題作の「黄色い本」のほかに、「CLOUDY WEDNESDAY」「マヨネーズ」「二の二の六」が収められている。
「黄色い本」には「ジャック・チボーという名の友人」という副題が付けられ、言わずと知れた『チボー家の人々』をモチーフに、人生と読書との関わりが幻想的に描かれている。
本を読むということが、人生というものに対して深く関わり、人間の生き方や性向に少なからぬ影響を及ぼし得るものであることが、独特のまったりとした展開を通して、しみじみと伝わってくる。
他の3編も、一見、平凡な人生の一コマを切り取った中に、不思議があり、ドラマがあり、幸せや迷いや、悲喜こもごもの世界が展開し、奥深い。
一読するだけで終わるのではなく、繰り返し味わうことによって、よりいっそう深みが感じられてくる作品集である。
表題作は、女子学生を主人公に、膠着した田舎の生活と文学への没入との乖離を描いた作品である。主人公は「チボー家の人々」作中の人物と会話しつつ、現実においても大きな破綻を来すことなく生活している。とりわけ小児期、遅くとも思春期までに特有の心理状態であろう。説明らしい説明のない、理解に苦労する部分の多い作品であり、きわめて文学的ではあるが、ごくふつうの読み手には難物である。これが全体の約半分で、残りにあと3篇。表題作含め、いずれも登場人物の心理の動きが表現の中心である。つまり、事実や事件を追う作品ではない。最初にこのことに気づかないと、わけがわからなくなる。「前に進む」のではなく、「気分を味わう」ことに専心して取り組みたい。
はじめに、この作品を面白いと思えたことが単純にうれしい。
いくら手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しているとはいえ、万人に解される内容では決してないと思うから。
表題作は主人公のある読書体験を描いたものだが、普通ならまず思いつかないというか、
面白い話になりそうにないことをテーマにしている(そして結局、すばらしい話にしてしまっている)ところが、とにかく斬新。
相当のテクニックがなければ無理であろうことは素人目にも明らかで、著者の力量に驚くばかりだ。
高校生の主人公が読む小説の舞台となっている100年近く前のヨーロッパと、
主人公が生きている日本のどこにでもある日常風景が、ページを読み進めるにつれて溶け合っていく。
虚と実の境目があやふやになる、極上の読書体験とはそういうことだ。
主人公が本の中の世界に酔い、その姿を見て読者である私たちが酔う。
“読書の幸せ”の連鎖反応がそこでは起こっている。
「CLOUDY WEDNESDAY」は、子どもの動きがリアルでかわいくて、
「これこれ!」とページをめくりながらほくそ笑む自分がいた。
冬野さほさんの原作と合わせて読むことをオススメします。
いくら手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しているとはいえ、万人に解される内容では決してないと思うから。
表題作は主人公のある読書体験を描いたものだが、普通ならまず思いつかないというか、
面白い話になりそうにないことをテーマにしている(そして結局、すばらしい話にしてしまっている)ところが、とにかく斬新。
相当のテクニックがなければ無理であろうことは素人目にも明らかで、著者の力量に驚くばかりだ。
高校生の主人公が読む小説の舞台となっている100年近く前のヨーロッパと、
主人公が生きている日本のどこにでもある日常風景が、ページを読み進めるにつれて溶け合っていく。
虚と実の境目があやふやになる、極上の読書体験とはそういうことだ。
主人公が本の中の世界に酔い、その姿を見て読者である私たちが酔う。
“読書の幸せ”の連鎖反応がそこでは起こっている。
「CLOUDY WEDNESDAY」は、子どもの動きがリアルでかわいくて、
「これこれ!」とページをめくりながらほくそ笑む自分がいた。
冬野さほさんの原作と合わせて読むことをオススメします。
「るきさん」や「棒がいっぽん」など高野文子が大好きで、この本も迷わずに買いました。
漫画というよりは、大人になりかけている少女と文学の関わりを描いた小説のような本です。
娯楽漫画のようなエンターテイメント性はないけれど、小説を読むのが好きで、なおかつ高野文子が好きな人にはお薦めです。じっくり読むための漫画です。
ただ、個人的にはこの人の絵はすごく好きでなのですが、この本の絵柄は著者のこれまでの絵柄よりちょっと実写的というか、可愛いとか綺麗を狙った絵ではないので、内容と併せて考えると、高野文子ファンに限定してお薦めという気がします。
早く次作を出して欲しいです。
漫画というよりは、大人になりかけている少女と文学の関わりを描いた小説のような本です。
娯楽漫画のようなエンターテイメント性はないけれど、小説を読むのが好きで、なおかつ高野文子が好きな人にはお薦めです。じっくり読むための漫画です。
ただ、個人的にはこの人の絵はすごく好きでなのですが、この本の絵柄は著者のこれまでの絵柄よりちょっと実写的というか、可愛いとか綺麗を狙った絵ではないので、内容と併せて考えると、高野文子ファンに限定してお薦めという気がします。
早く次作を出して欲しいです。



