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世紀末の隣人 (講談社文庫)
重松 清
価格: ¥580 (税込)

文庫
出版社: 講談社
発売日: 2003/12
ISBN: 4062739127
おすすめ度:4.5
Amazon ランキング: 44776位
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隣人は確かにいる
それにしても、重松清は優しい。
この作品の向こうに彼の書く小説が見える。
彼の基本姿勢が色濃く反映されていて、彼の小説を読む上で非常に参考になる作品である。
そして、自分も「隣人」になるかもしれないとおもったとき、
彼の優しさがよりいっそう感じられるのだ。
読み物作家の想像力は否めないが
確かに、作者の言ってることは的を得ていて事件の背後をまったく知らない僕は妙に納得させらて一本とられた感がありました。しかし、加害者に甘いと思う。確かに人間が生きる上で楽しいことばかりじゃない、逃げ出したいことだってある、知られたくない秘密もある、でも僕たちは、そういった状況下の中で人間社会のルールを守って生きている。この隣人で紹介された犯罪者たちは、そういった不安や恨みなどを凶器に変え罪の無い者を巻き込んでいる。確かに、彼らの置かれた現実は直視できないものあり、必ずしも情状酌量の余地が無いとも言えない。だが、作者には、もう少し被害者目線から彼らのしたことを批判してほしかった。
多角的な視点
胸に迫る読後感はいったい何なんだと、複雑な感覚が押し寄せてくる作品です。誰にでもある道を違える恐怖感か、誰もが感ずる違和感を放置しておくこが生ぜしめる事件の深刻さか、ほんの小さな齟齬が生み出す陥穽の罠か、それらの陳腐な言葉では言い表せないことのような気がします。少なくとも、一つの事件をとらまえるに、これほどまでに、多角的な、別の視点の、レベル感の違う、見方があるのだということを、思い知らされる、筆者のワンマンショーであることは間違いありません。
やさしさに溢れたルポでした。
タイトルから、グロいルポルタージュかと思い、読みました。
しかし、期待はよい意味で裏切られました。

やはり、重松清は重松清でした。

悲惨で凶悪な事件をルポしながらも、そこから再生の糸口を見つけ出すという、この人にしか書けない作品だと思います。

世の中には、悪い人はいないんじゃないかと思うくらい、やさしさに溢れていました。

ルポタージュなのに重松清らしい・・・
痛い。「世紀末の隣人」というタイトルがあまりにも痛い。
池袋通り魔殺人や音羽幼女殺人、和歌山ヒ素カレー事件など世紀末に起きた事件の数々に重松清が迫る。
ルポタージュにも関わらず彼の小説と全く同じように人間の奥底に潜む孤独や欲望を描き出していく。

彼の小説っていつもどこか痛々しい。なぜだろう…。それは、あまりにも読者の痛みを描き出しているからではないか、と思います。
重松清が小説で描く痛みや孤独は世の中の痛み。言葉にならない私達の痛み。だからこそいつも共感してしまう。
このルポタージュでも彼の姿勢は全く同じです。「お受験」で片付けてしまった音羽の幼女殺人事件、

彼はその裏側にある孤独にどんどん迫っていく。無理やり誰かとつながっている孤独…。
「お受験」という特異な世界が「なんだ、自分と同じじゃないか」、という世界に還元されていく…。
なんだ、「世紀末の隣人」って自分のことじゃないか、と気づかされてしまう。
12のルポタージュが万事そうした展開で進み、自分の12の孤独が暴かれる…。

ルポタージュって正直私は好きじゃない。どうしても独善的になっちゃうから…。
でも、重松清は「寄り道」ルポです!取材もちょっとです!と独善的なのを標榜しながらなぜか気がついたら私達の傍にいる。
何か、すごく心の中をえぐられた感じがして、重松清の後を追って音羽とニュータウンには行ってみようかな、と思いました。

当事者達がどうしても他人に見えなくなったから…。隣人どころか、自分そのもののような気がしてきたから…。
重松清が好きな方は小説同様、もしくはノンフィクションなだけそれ以上、痛みを感じられる作品だと思います。
また、「遠くて近い隣人達のドラマに寄り道しつつ迫ってみると、そこにはあなたとよく似た顔が―」の裏表紙の文句に

惹かれた方は是非読んでみてください。




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