主人公は元服前の少年小太郎。五百石の家禄の祐筆頭の息子として安穏とした生活を送っている。が、塾の友人の父が斬られたことから小太郎の世界は一変していく。自分の生きるべき道を見つけていく小太郎の姿は一途で清々しい。
表題の「喜知次」は魚の名前であり、小太郎の妹花哉のあだ名である。花哉は養女とし貰われてきたのである。その花哉を泣かしてしまう、小太郎には気づけなかった花哉の心。それが最終の場面へと物語の底を流れている。
丁寧に描き込まれる風景の描写は、登場人物の心象を表して豊饒であり、決して物語の展開をじゃましてはいないと思う。
ある意味、青春小説といえるかもしれない。是非、中学生くらいの少年少女達にも読んで欲しいと思うのだが。
喜知次 (講談社文庫)
|
弥平次と花哉の関係を通してわが心を知る。すなわち相手を知ることでわが身の生き方を振り返る。そんなところは、いつの時代でも変わらないであろう。最後の場面で、「これしきのことでへこたれていたら花哉に笑われるぞ、と弥平次は胸の中でつぶやいた。実際、花哉が乗り越えようとした辛苦に比べれば、これまで自分は何ほどのことをしてきただろうかと思っていた。御家の危局をひとりで背負ったような気になって、挫折するたびに重職らのせいにしてきた。自分の非力は棚に上げ、貧苦に喘ぐ家中の無気力を非難したことさえある。・・・花哉のように人の心をつかみ、生かしてやることを考えなければいけない。人は、結局人から生まれる。そのことを花哉が教えてくれたような気がしていた。ここを読むとわが身を振り返る。だから小説は、おもしろい。
義理の妹として引き取られた花哉が魚の喜知次(キンキ)に似ていたので、喜知次とあだ名をつけた主人公小太郎、その友人の台助と猪平の4人の成長を描いた物語です。それぞれの人間が困難とぶつかりながら、まっすぐな人生を歩んでいきます。小太郎は次第に花哉に思いを寄せるようになり、花哉も小太郎を慕っているようですが、小太郎が花哉に求婚したとき花哉は学問の道を行くときっぱり断ります。花哉はなぜ、小太郎を断ったのか?心の底では小太郎をどう思っていたのか、その秘密が最後の章で明かされます。最後の章は「ワッ!」という感じで一気に涙があふれ出そうになる感動を覚えます。
読んでいる途中では部分的に藤沢周平の「風の果て」や「蝉しぐれ」、山本周五郎の「さぶ」などを彷彿させるような感じもありますが、最後の章を読んだときはそれらのどれでもない乙川優三郎の世界が拡がっていました。幼い頃から不幸をしっかり受け止めて生きていく花哉がとても魅力的に描かれています。台助や猪平も個性的な人物として描かれていますが、なぜか主人公の小太郎に強烈な印象が残らないのは裕福な家に育ったからでしょうか?
読んでいる途中では部分的に藤沢周平の「風の果て」や「蝉しぐれ」、山本周五郎の「さぶ」などを彷彿させるような感じもありますが、最後の章を読んだときはそれらのどれでもない乙川優三郎の世界が拡がっていました。幼い頃から不幸をしっかり受け止めて生きていく花哉がとても魅力的に描かれています。台助や猪平も個性的な人物として描かれていますが、なぜか主人公の小太郎に強烈な印象が残らないのは裕福な家に育ったからでしょうか?
読み進むほどに話の展開が速くなり、また項の立て方も巧みで、読むのをやめられなくなる。
作者の技量の高さが伺える作品。
喜知次とは、主人公・小太郎の家に6歳でもらわれて来た義妹・花哉のあだ名。
長編が小刻みに14章に分かれているのだが、各章のポイントごとに花哉と小太郎との語らいの場面が描かれている。
その中で小太郎は、幼子だった花哉が少女へと成長して行く様子を感じ取り、同時に小太郎自身も大人へと成長して行く。
物語は、小太郎を中心とした3人の親友たちをメインに展開するのだが、
後に藩を去る猪平との別れを描いたくだりは、読んでいて涙がこみ上げて来る名シーンだ。
名前に覚えがある程度だった“郡方”“郡奉行”などといった仕事の内容もよくわかり、なかなかタメになる。
他のレビュアーの方も書いているが、内容としては藤沢周平の「蝉時雨」を思わせるような作品。
後半では幼かった兄妹や親友同士がそれぞれの道を歩み、やがて物語の終焉を迎える。
その優しさと切なさと心弱さに、なんだか読み終わったときに心が破裂するような作品である。
これは名作。
作者の技量の高さが伺える作品。
喜知次とは、主人公・小太郎の家に6歳でもらわれて来た義妹・花哉のあだ名。
長編が小刻みに14章に分かれているのだが、各章のポイントごとに花哉と小太郎との語らいの場面が描かれている。
その中で小太郎は、幼子だった花哉が少女へと成長して行く様子を感じ取り、同時に小太郎自身も大人へと成長して行く。
物語は、小太郎を中心とした3人の親友たちをメインに展開するのだが、
後に藩を去る猪平との別れを描いたくだりは、読んでいて涙がこみ上げて来る名シーンだ。
名前に覚えがある程度だった“郡方”“郡奉行”などといった仕事の内容もよくわかり、なかなかタメになる。
他のレビュアーの方も書いているが、内容としては藤沢周平の「蝉時雨」を思わせるような作品。
後半では幼かった兄妹や親友同士がそれぞれの道を歩み、やがて物語の終焉を迎える。
その優しさと切なさと心弱さに、なんだか読み終わったときに心が破裂するような作品である。
これは名作。
山本周五郎の「蝉時雨」を思わせるような、小藩の政界劇が描かれている。二つの派閥に分かれ、互いに策謀をめぐらす執政達。藩の行く末など眼中になく、己の保身のみに奔走する上士達に、下級武士達は政争に巻き込まれて人生をひっくり返されてしまう。現代のサラリーマン社会にも通じるなあ。
小太郎と台助と猪平の仲良し三少年は、成長とともに三者三様の道を進む。猪平は政争の犠牲者として、小太郎は改革者として、台助は武士を見限って生きてゆくことになる。
おや?タイトルの喜知次は?というところだが、喜知次が小太郎の義理の妹につけたあだ名である。キンキともいい、真っ赤で目の大きい深海にすむ食用魚。さて、この妹が影のように小太郎の精神世界に深く関わってくるのだ。
乙川優三郎は、短編では鋭利なスキのない作品を描くが、「かずら野」といい「霧の橋」といい本作といい、長編ではしっとりと柔らかな印象の作品を書く。
小太郎と台助と猪平の仲良し三少年は、成長とともに三者三様の道を進む。猪平は政争の犠牲者として、小太郎は改革者として、台助は武士を見限って生きてゆくことになる。
おや?タイトルの喜知次は?というところだが、喜知次が小太郎の義理の妹につけたあだ名である。キンキともいい、真っ赤で目の大きい深海にすむ食用魚。さて、この妹が影のように小太郎の精神世界に深く関わってくるのだ。
乙川優三郎は、短編では鋭利なスキのない作品を描くが、「かずら野」といい「霧の橋」といい本作といい、長編ではしっとりと柔らかな印象の作品を書く。



