何が起こるわけでもない淡々としたお話でした。
何と言っても主人公の小笠原のひねくれまくった性格!!
マンドリンの技術は誰もが認めるけれど、その性格ゆえに決してリーダーやサークルの重要人物になることはできない。
それにすんごくムカついている。
恋をしたり挫折をしたりして性格を改めるとかでなく、小笠原は最後まで徹底的にいやな女だった。
ナオコーラさん、一体、何が描きたかったんだろう・・・。
社会に出ると今の小笠原の自己主張やわがままは通じなくなる。
彼女はどんな大人になるんだろう。その後の彼女の見てみたいかも。
男も女も登場人物はすべて名字で呼び捨てで書かれているので、誰が男で誰が女なのかわからなくなり困りました。
でも、もしかしたらこれは小笠原が彼らを男とか女とかそんなことどーでもよくて、
単に記号としてしか意識してないことを表してるのは?と思い、つくづく小笠原に呆れてしまいます。
長い終わりが始まる
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大学生活の夏の終わりくらいから始まる、長い終わりの予感。常識人の友人たちは、既に次のステップを見据えてあたふたと心ここにない。だから小笠原はまわり中すべての人とぶつかってはきしむ。いやーな女である。このいやーな女をいやーなまま描ききった。
ドラマはない。そもそも大学生活に展開らしい展開など無い。しかも、恋愛ドラマチックな夏合宿なんぞは、間接的にしか語られない。
大好きな田中との初体験失敗も、無感情に高校生の日記のごとく記述される。えらい。「論理と感性は相反しない」の前日譚か。純文学のツボを押さえちょる。このまま世をひねてくれ。私は読むぜ。
ドラマはない。そもそも大学生活に展開らしい展開など無い。しかも、恋愛ドラマチックな夏合宿なんぞは、間接的にしか語られない。
大好きな田中との初体験失敗も、無感情に高校生の日記のごとく記述される。えらい。「論理と感性は相反しない」の前日譚か。純文学のツボを押さえちょる。このまま世をひねてくれ。私は読むぜ。
先日の日経新聞の書評で「瑞々しい文体」と褒めていたが、私にはそう思えない。 普通の男女大学生の音楽サークルにおける日常を描写しているだけ。 読み終わって何も残らない。 会話をすべて改行して頁数を倍増しても150頁に満たない薄っぺらな本に4桁のお金を喜んで払う読者が一体どれくらいいるのか? 著者には音楽サークルのような狭い世界ではなくもっと広い世界に出て行って欲しい。 もしかしたら著者の長い終わりが始まっているのではと思ってしまう。




