著者は詩人なので、この短編小説集も、すべての言葉が収まるべき場所に収まっている。
むだな言葉、場ちがいな言葉がひとつも見あたらない。
じっと耳を澄まし、あらゆる色、音、におい、味、手ざわりをひとつもらさずていねいにすくいとる。
すべての行間には均質な静寂がある。
庭のししおどしに水がたまるのを待つ時間によく似た緊張感が、糸みたいに物語を貫いている。
同時に虫の羽音のような不協和音も、底の方でずっと鳴りつづけている。「ぶーん」とか「じー」とか。
「蜂」を「飼う」「耳」という名前のひとだものな。
読み終えて、あらためて表紙を眺め納得する。
紅水晶
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それぞれが名作とでも呼ぶべき完成度の高い表現と感情と五感で読者を包み込む。それぞれが独立した作品で、ストーリー的には何の関連もありませんが、短編集として読むことで見えてくる著者の感性の響きがなんとも言えないのです。作品の収録順もにくいのです。是非、この単行本を手に取って、自分の好きな空間で読まれることを勧めます。
全ての作品が非常に完成度が高く、無駄がないのに構築されている心の空間とその内包的な響きは絶品ばかりですが、私は特に「こぼれ落ちる猿の声」が好きです。他人に感じる身近な気持ち。知らない者だから言えること。セックスとは隔絶された感情抜きの生殖/性的行為など、この作品集共通のテーマが見事なテクスチャーを織りなしています。ナラティブ上、必要な情報や事実の提示を短編ならでは順替えが上手にされているので、エンディングが必ずしもラストになっていない心憎さと上品さが素敵なのです。
全ての文学ファンに推薦します。買って読んでください。繰り返し読める完成度です。「最近のブンガク賞は…」とボヤいているような人には特に、おすすめです。
全ての作品が非常に完成度が高く、無駄がないのに構築されている心の空間とその内包的な響きは絶品ばかりですが、私は特に「こぼれ落ちる猿の声」が好きです。他人に感じる身近な気持ち。知らない者だから言えること。セックスとは隔絶された感情抜きの生殖/性的行為など、この作品集共通のテーマが見事なテクスチャーを織りなしています。ナラティブ上、必要な情報や事実の提示を短編ならでは順替えが上手にされているので、エンディングが必ずしもラストになっていない心憎さと上品さが素敵なのです。
全ての文学ファンに推薦します。買って読んでください。繰り返し読める完成度です。「最近のブンガク賞は…」とボヤいているような人には特に、おすすめです。
五篇からなる散文集。光を浴びた雲母のような美しくはかない単語の数々を反復したり、或いはたたみ込んだりしながら、一つの物語を紡ぎあげている。それは決してもろくは無い。しなやかでしたたかだ。
詩人が奏でる調べを一話一話リズミカルに読み上げたい。近くにあって遠くにあるものの意味をグローバルに知ることとなるだろう。
『わたしは自分の心を知っていたことはない。それはいつでも遠くにある。望遠鏡を覗いて知る、天体に似ている。触ることはできない。あるいは、顕微鏡が見せるミジンコの心臓に似ている。触ることはできない。』
詩人が奏でる調べを一話一話リズミカルに読み上げたい。近くにあって遠くにあるものの意味をグローバルに知ることとなるだろう。
『わたしは自分の心を知っていたことはない。それはいつでも遠くにある。望遠鏡を覗いて知る、天体に似ている。触ることはできない。あるいは、顕微鏡が見せるミジンコの心臓に似ている。触ることはできない。』
穏やかな日常のなかに、ふと底知れない暗闇が口を開けているのを見てしまう、そんな短編集です。家族や恋人の間の誠実な愛情とそれとは裏腹な激しい憎悪についての小さな物語。どの主人公も、穏やかでひかえめ。しかし、その温和な心のなかに実はコントロールできない暴力が潜んでいる。しかし、これはもしかすると、とても「自然」なことなのかもしれません。。。
登場人物の表情、体つきや仕草、情景のなかにその人間の秘密や感情の揺れをつかみ出していく、その描写力と言葉のリズムは蜂飼さんならではですね。
詩でもエッセイでも小説でも、とにかく出るものはすべて読んで行きたいと思わせる今一番の書き手。
登場人物の表情、体つきや仕草、情景のなかにその人間の秘密や感情の揺れをつかみ出していく、その描写力と言葉のリズムは蜂飼さんならではですね。
詩でもエッセイでも小説でも、とにかく出るものはすべて読んで行きたいと思わせる今一番の書き手。




