物語の主役は、“わたし”とユーリ叔母さん、
そして彼女らが住んでいるお屋敷に散在する剥製。
伯父さんが亡くなって、ユーリ叔母さんは
形見の剥製や毛皮の敷物に刺繍を施し始めた。
Aの文字。
カリブー、ヤク、ベンガルトラ、カモシカ
ジャンガリアンハムスター、、、
屋敷を埋め尽くす動物たちに刻み込まれる
A、A、A、A、A・・・
震える手で針を刺す老婆の姿と、
それを見守る“わたし”と、強迫性障害を持つ恋人ニコ。
小川氏は“空間”を描くのがなんてうまいのだろうと思う。
まったく、彼女の文章には惚れ惚れしちゃう。
そして、描かれる人物は皆とても魅力的だ。
物語の要ともなる、ユーリ叔母さんの瞳ひとつを描くにも
うっとり酔いしれてしまう。さるきちは、目を閉じてその幻想的な青い瞳を想像する。
さて、ところが、穏やかで安らかな彼女らの生活は、
剥製のブローカーである男オハラが屋敷を訪ねてきて一変する。
オハラは雑誌「剥製マニア」にこう記す。
「彼女はアナスタシア皇女ではないか 」
それはロシア、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世の王女。
革命により虐殺されたとも、生き延びたとも。その消息は不明。
「ユーリ叔母さんは本モノのアナスタシア皇女なのだろうか」
そんな疑惑とともに話は展開されていく。
これまた、小川洋子らしいグロテスクで甘美な物語である。
本書で面白いのは、「剥製マニア」の記事が挿入されているところ。
即ち、“わたし”ではなく、客観的、一般的な視点での描写があるのですね。
もちろん、こうした手法はよくあることなんでしょうが、
さるきちが連想したのは、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」。
そこでも、オカダトオルがナツメグ、シナモンと潜伏していた屋敷
について新聞記事というカタチで挿入されていました。
さらに、小川氏がロマノフ朝を題材にしたことも、
村上春樹的なものを感じてしまうのです。
「ねじまき鳥クロニクル」において、村上氏はノモンハン事件について
深く掘り下げました。
村上春樹と小川洋子を好み、さらに、
小川氏が村上氏を尊敬しているという事実を知っているが故に
村上氏の作品を模倣しているのかなあ、とか
なぜ小川氏がロシアの歴史に手を出したのか
その背景も探ってみたいなあ、とさるきちは思ったのでした。
いつまでも、小川氏の世界に浸っていたい。
そんな風に思わせてくれる、素敵な一冊です。
貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)
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一見無関係に見える様々な要素を絶妙に組み合わせて一つの作品を練り上げることに関して、小川洋子はほとんど天才だと思う。グロテスクな剥製たち、青い瞳をした老女、強迫観念症の彼氏。日常からちょっとずつはみ出した人々が紡ぎ出す物語は、日常に寄り添う形の非日常だ。
小川洋子の抑制されし淡々とした文体にホッとして心がはやる。村上春樹の中期の作品の雰囲気を思い出すのは私だけだろうか。グロテスクでエキセントリックな世界を描いているのだけれど、小川洋子の筆にかかると生臭さが消えて、何かの結晶のような崇高で繊細なものに気配を変える。壁、廊下、到るところに剥製・毛皮が飾られた洋館に住む亡命ロシア人の未亡人。姪の「私」は彼女があらゆるものに縫い付ける刺繍の密かな謎に首をかしげる。デザインはいつもデザイン化された「A」一文字。彼女のイニシャルでもないし、どんな意味が隠されているのだろうか・・・。強迫観念に病むこころやさしき青年の奇妙な儀式も印象深い。湖のそばに建つ洋館を舞台にした切なく静かな奇憚。
小川洋子氏の文体を評して、「乾いた」「硬質な」「透明な」といわれる方がたくさんいらっしゃいます。
ぼくはそのこと自体を否定するつもりはありません。
それに加えて、小川氏の作品の「乾いた」文体の底にある「人間への深い愛情」が読む人の感動を誘うのだと思います。
この作品は、異常ともいえる状況での叔父の突然の死、エキセントリックな性癖のある「ニコ」、剥製に限りない執着心を示す「オハラ」、そして青い瞳の謎の女性「ユーリ叔母さん」、そして語り手の「私」。
このように個性的な人物が登場します。
そして、物語も、「ユーリ叔母さんはロマノフ王朝アナスタシアなのか、そうでないのか?」といった謎解きのような展開を示します。
それらは、「乾いた」「硬質な」「透明な」文体で語られます。
そして、そのストーリの底流となるのは、「私」のニコや叔母に対しての深い愛情であると思います。
その想いが、この物語をすてきな夢の中のできごとような物語にしてくれているのでしょう。
しばし、小川洋子ワールドに心を遊ばせるのは悪くない一時ですね。
ぼくはそのこと自体を否定するつもりはありません。
それに加えて、小川氏の作品の「乾いた」文体の底にある「人間への深い愛情」が読む人の感動を誘うのだと思います。
この作品は、異常ともいえる状況での叔父の突然の死、エキセントリックな性癖のある「ニコ」、剥製に限りない執着心を示す「オハラ」、そして青い瞳の謎の女性「ユーリ叔母さん」、そして語り手の「私」。
このように個性的な人物が登場します。
そして、物語も、「ユーリ叔母さんはロマノフ王朝アナスタシアなのか、そうでないのか?」といった謎解きのような展開を示します。
それらは、「乾いた」「硬質な」「透明な」文体で語られます。
そして、そのストーリの底流となるのは、「私」のニコや叔母に対しての深い愛情であると思います。
その想いが、この物語をすてきな夢の中のできごとような物語にしてくれているのでしょう。
しばし、小川洋子ワールドに心を遊ばせるのは悪くない一時ですね。
主人公の女性を除いて,一癖二癖ある登場人物ばかり出てくる,不思議な物語.その中でも一際異彩を放つのは,「私はロシアの皇族アナスタシアだ」という叔母のユリア.さまざまな持ち物に「A」という刺繍を施し,気が狂っているのかと思えば,主人公のボーイフレンド「ニコ」を誰よりも理解していたりと一概にそうとは言い切れない,実に不思議なキャラクターとして描かれている.
途中から出てくる怪しい毛皮ブローカ「オハラ」.こいつはろくな人間ではない,という私の勝手な邪推は見事に外れ,皆で団結しあい叔母を守ろうとするところ等から,何処と無く「博士の愛した数式」に流れていた優しい空気を感じた.
余談だが,叔母が刺繍しているシーンを読んで何となくホーソーンの「緋文字」を思い出した.
途中から出てくる怪しい毛皮ブローカ「オハラ」.こいつはろくな人間ではない,という私の勝手な邪推は見事に外れ,皆で団結しあい叔母を守ろうとするところ等から,何処と無く「博士の愛した数式」に流れていた優しい空気を感じた.
余談だが,叔母が刺繍しているシーンを読んで何となくホーソーンの「緋文字」を思い出した.



