いきなりキムラサクヤとマツシマナナヨだよ。日本一キモい男と日本一ダサい女。今まで“さようなら、ギャングたち”と“中島みゆきソング・ブック”になりきってた源一郎ファンはどーすりゃいーの。ま、冷静に考えると自分とナナヨにあんまり距離ないかも。ナナヨは二十代なのにこっちは二十代ですらないしな。もう、コンビニでスナック菓子二コ以上買えないじゃん。玉木宏と結婚したい、とも言えないし、「JJ」のファッションページはダイエットしてから読むべき?どーしてくれんのっ?
……しかしこの話のオチにはちょっとがっかり。あれっ?……みたいな。ま、源ちゃんって、いつもそうなんだけどさ。「ゴーストバスターズ」ではゴーストはいつもすり抜けるだけの何ものかで、遠くに見える揺らめく炎だったし、そもそも近代以降の日本文学すら源ちゃんの手にかかると“滝壷の向こうに落ちていった一千億人の悲鳴”なわけだし。
でもいくらはぐらかしても、源ちゃんは“文学”からは決して逃げない。サクヤとナナヨの超キモいAV撮影をセッティングした監督“わたし”の述懐はこんなふうだ。“「さて」とわたしはひとり言をいった。/「どんなのが出来るかな」/それは、自分自身を鼓舞する言葉だった。/廊下を真っ直ぐ歩いた。突き当たりが見えた。左に折れると、撮影現場の部屋だ。/右に折れると、非常階段だった。/一瞬、わたしは、非常階段から逃げ出そうという思いに囚われた。だが、わたしはそうしなかった。いつも思うだけなのだ。わたしは左に折れた。”これって、源ちゃんの文学に対する姿勢、というか、覚悟を表した文章とも読めるよね。……ファンの思い込み激し過ぎ?
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