この手の海外文学は新しく訳されるたびに
文章と感動のレベルが下がっていくのが常ですが
この小野さんの「桜の園」の訳は違います。
非常に読みやすく、各登場人物に感情移入が出来る作品になっています。
文体は丸みを帯びた暖かい感じであり、桜の園消失の存亡の中にも
自分のペースを失わずに生きている少し哀しくて可笑しい人々が生き生きと描かれています。
桜の園本来のコメディの趣旨を生かした日本語訳としては
多分唯一のものではないでしょうか?
訳者のあとがきを読むと全登場人物と作品に対する愛情がひしひしと感じられ
この作品の登場人物の生き方も欠点もその人物の個性と愛着を持って語り
訳されている台詞は登場人物の感情を良く吟味して訳されているように見受けられます。
通常は没落地主の悲劇性を強調する解釈が多いのですが
この訳文ではむしろ新しい時代に旅立っていく人々の明るい未来が垣間見えます。
そうした新時代の幕開けの中で90近い執事のフィールスが桜の園に留まるラストは泣けます。
各人が新しい人生の旅立ちの為に駅に出かける中で
桜の園を人生の終着駅にしなくてはならない老人のぼやき。
この訳文で初めて涙が出たシーンでした。
小野さんは「ワーニャ伯父さん」も訳されておられますが
是非「かもめ」「三人姉妹」も訳して欲しいものです。
桜の園 (岩波文庫)
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それまでに持っていた権益を失って落ちぶれる人と新しく力を持つ人が現れるのは世の常ですが、その様が非常にリアルかつ切なく描かれている印象です。
特に、ラネーフスカヤ夫人のどうしようもなさ(彼女はとても良い人なのですが、状況の変化に合わせて自分が変わることができない)が非常に印象的です。
一方で、若い人たちは変わっていくし、新しい世界や生活に向けた生き生きとした感覚がある、というところも好きです。
特に、ラネーフスカヤ夫人のどうしようもなさ(彼女はとても良い人なのですが、状況の変化に合わせて自分が変わることができない)が非常に印象的です。
一方で、若い人たちは変わっていくし、新しい世界や生活に向けた生き生きとした感覚がある、というところも好きです。
戯曲には読みやすいものと読み難いものがあります。大部分は後者だと思いますが、例外的に小説と同様に読みやすいものも存在しますが、本作品は後者だと思います。劇場で観劇した方がこれだけ読むよりも楽しめるのではないでしょうか。
幼い息子を亡くし、外国生活をしていた地主ラネーフスカヤ夫人。外国生活の疲れと経済的困窮から、5年ぶりに南ロシアの領地「桜の園」へ帰ってくるが、その領地は既に借金の抵当に入れられ、競売にかけられようとしていた……。
農奴解放以降のロシアにおける時代の変遷を、去り行くものに対する一抹の哀しさとこれから来るものに対する不安と期待を絶妙に混ぜ合わせて描いています。過去と未来両方への思い入れのバランス感覚が素晴らしく、どちらに感情移入しても楽しく読める戯曲です。
ヨクナパトーファmeets the world of Alice and Meguro river. 有り得ないと思いつつもチェーホフの描く南ロシアの「桜の園」からこういった印象を受けた。フォークナーの描いたアメリカ南部から不気味さと薄ら寒い感じを取り除き、「不思議の国のアリス」でアリスが昼寝をした暖かい昼下がりを付け加えた、それはまさに青春ポップな目黒川の桜並木・・おもいっきり春です、暖かいんですといった雰囲気。しかし雰囲気はそうであってもこの戯曲で作者チェーホフは病んだロシアの今を描き、貴族の没落とブルジョワジーの台頭など目まぐるしく変貌するロシアを的確な視線で見つめていたのであった。



