前世紀のパリの暮らしぶりや風俗、社交界の様子がもの珍しかった。それに比べると親子の愛憎というのは普遍的なものだ。自分勝手な子供達といつまでも子供が心配な親。「親バカ」と言ってしまうにはあまりにも悲惨な話であり、身につまされる話だ。それまで謎の多い脇役であったゴリオの臨終に当たって饒舌なこと、そして苦悶の中から絞り出されるような訴えには、驚きと憐れみを覚えた。
ゴリオを葬った墓地での、親戚を足がかりに社交界に乗り出そうとするラスティニャック青年の決意のシーンは非常に印象的だ。著述と社交界とを行き来していた作家本人の過去とも言えそうだ。バルザック自身のミドルネームの「ド」は貴族を気取った自称であったそうだが、社交界に認められたり、そこに居続けるための努力というのは傍から見ている分には滑稽でならない。
本作品はバルザックの「人間喜劇」を構成する作品のひとつだそうだが、このシリーズ全体がもっと手軽に読めたらなと思う。当時、本作群品がそれぞれの階級にどのように受け止められていたのか興味があるところだ。この作者の作品にもっと触れたい、バルザック自身の豪放磊落な生き方に興味を持ってしまった。
ゴリオ爺さん (上) (岩波文庫)
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バルザックの代表作である本書は、
溺愛する二人の娘達に財産の全てを注ぎ込みながらも、
最後は裏切られて死んでいくゴリオ爺さんの悲劇であり、
そのゴリオ爺さんの隣人である貧乏学生、ラスティニャックの
パリ社交界での華やかな出世物語でもある。
フランス文学で出世物語といえば、スタンダールの「赤と黒」を思い浮かべるが、
「赤と黒」の主人公と比べると本書のラスティニャック青年はとても誠実で共感出る人物として描かれている。
本書の結末の後、ラスティニャックがどんな人生を歩むのか気になる所だが、
上巻の訳注を丹念に読めば彼がその後出世して大金持ちになる事がわかる。
ゴリオ爺さんの悲劇については、
「子孫に美田を残さず」という現代の我々の生き方にも通じる教訓を与えてくれる。
そして我が子に美田は残せないであろう自分にとって
大いに慰めとなる一冊である、
溺愛する二人の娘達に財産の全てを注ぎ込みながらも、
最後は裏切られて死んでいくゴリオ爺さんの悲劇であり、
そのゴリオ爺さんの隣人である貧乏学生、ラスティニャックの
パリ社交界での華やかな出世物語でもある。
フランス文学で出世物語といえば、スタンダールの「赤と黒」を思い浮かべるが、
「赤と黒」の主人公と比べると本書のラスティニャック青年はとても誠実で共感出る人物として描かれている。
本書の結末の後、ラスティニャックがどんな人生を歩むのか気になる所だが、
上巻の訳注を丹念に読めば彼がその後出世して大金持ちになる事がわかる。
ゴリオ爺さんの悲劇については、
「子孫に美田を残さず」という現代の我々の生き方にも通じる教訓を与えてくれる。
そして我が子に美田は残せないであろう自分にとって
大いに慰めとなる一冊である、
この小説は4部構成になっていますが上巻はその前半部分です。パリの下宿屋の風景から始まり、話が展開していきます。なかなかおもしろくなるまでは時間がかかりますが・・。歴史的な要素も盛り込まれていて18世紀のフランスを感じさせる小説です。
ゴリオ爺さんが娘を溺愛する姿は滑稽でもありますが、悲しいです。ゴリオ爺さんの言葉で特に心に残るのは「子供を世間へ出してやると、お返しにこっちを世間から追い出す」というものです。娘はお金のことばかり頭にあるからお金を持ってこないゴリオ爺さんはただのお荷物なのです。
バルザックを読んだのはこの作品が初めてですが、とても感動しました。最後に娘の顔一つ見られずに惨めに死んでゆくゴリオ爺さんの姿は読んでいてとても辛くなります。でも読んで本当に良かったと言える作品でした。
作品としては、娘が社会人になって寂しいなというお父さんにお薦めしたい。
もしくは、うちのだんなが娘を溺愛しすぎて困るのよという
奥様からだんなさんにプレゼントというのもいいかもしれませんね。
もしくは、うちのだんなが娘を溺愛しすぎて困るのよという
奥様からだんなさんにプレゼントというのもいいかもしれませんね。
この作品のよさはフランス語の美しさであり、翻訳してしまえば
ただのおっさんの娘溺愛、はては娘に嫌われる、という内容でいまいち
ありがたみにかける。



