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ヴェニスに死す (岩波文庫)
トオマス マンThomas Mann実吉 捷郎
価格: ¥420 (税込)

文庫
出版社: 岩波書店
発売日: 2000/05
ISBN: 4003243412
おすすめ度:4.5
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結局は心理描写の物語
長旅にもかかわらず、主人公の気が重い感じは延々と続く。風景や人物の描写も多く楽しめるが、結局はタッジオに魅了された主人公の気持ちの高揚だけに焦点が当たっていると思う。人間、どんな遠方に旅しても、結局は自分の気持ちと向き合っている時間を一番大事に思っているものなのである。
あやしく光る文学の神秘
私がこの作品を初めて読んだのは高校生の時だった。
人間の努力による厳格な構成と精神の高貴を追求した作品により,地位と名声を獲得した初老の芸術家が,旅先で「完全に美しい」少年に出会う。その神の作品ともいうべき完璧な美の前に芸術家の人工的な美は敗北し,芸術家は少年の美にのめり込み,遂には死を迎える…。その頃はこのような耽美的な,一種退廃的な作品とも捉え,その世界に酔いもしていたのだった。

しかし,今,余程アッシェンバッハの年に近づいた自分が読み直すと,また違う印象を抱かされる。
タッジオは決して単に客観的に,外部だけに存在する美少年ではない。わずか六歩の距離でタッジオがわざわざアッシェンバッハに観賞されているという不可思議な道化師の場面からも分かるように,二人には秘められた,精神の回路が通じている。
タッジオはさながら美の王国からやってきた天使のようだ。そしてその天使は地上での役割を終えつつある芸術家をねぎらい,祝福し,そして永遠の美の王国へと誘うのである。

読者はしばしアッシェンバッハと共に神話的なエロスへの憧れに胸をかき立てられ,美の世界にさまよう。しかし物語は彼の死で突然終わり,読者は再び日常生活に投げ出されてしまう。永遠と美の神秘へのやるせない憧れを抱かされたまま,美と日常生活の深い断絶を前に,読者は途方に暮れる他はないのである。
百年近い年月を重ねた今でも,あやしく光る文学の神秘に圧倒される作品である。
ヴェニスのゴンドラ
「およそだれでも、はじめて、または久しくのらなかったあとで、ヴェニスのゴンドラにのらねばならなかったとき、あるかるいおののき、あるひそかなおじけと不安を、おさえずにいられた人があるだろうか。譚詩的な時代から全くそのままに伝わっていて、ほかのあらゆるものの中で棺だけが似ているほど、一種異様に黒い、このふしぎなのりものーこれは波のささやく夜の、音もない、犯罪的な冒険を思いおこさせる。それ以上に死そのものを、棺台と陰惨な葬式と、最後の無言の車行とを思いおこさせる。そしてこういう小舟の座席ー棺のように黒くニスをにってある、うす黒いクッションのついたあのひじかけいすは、この世で最もやわらかな、最もごうしゃな、最も人をだらけさせる座席であることに、人は気づいたことがあるだろうか。」

マンの「イタリア紀行」です。アッシェンバッハという老作家。タッジオという美少年。作家がこの少年を真夏の炎天下、正にストーカーとなって追いかける物語。ああ、恋とは、そして情熱とはこのように滑稽で悲惨なものである。黒いゴンドラの座席に身を沈めた作家は、棺の中に横たわった死人のように、現実の生活から離れて一息つき、心も体も十二分に安らいでいる。

ヴェニスの風景が美しい。ヴィスコンテイの映画も美しいけれど、多分このオリジナルの言葉の芸術に勝るものはありません。
これぞ傑作。
 アシェバッハとタッジオの関係は、まるで僕と神のようだ。タッジオの美しい微笑はアシェバッハを苦しめ、破滅へと導く・・・。絶対的な美に服従したアシェバッハの最後は、決して神に近づけない人間の哀れさ、或いは美に屈する芸術家を連想させる。腐臭と、病魔のけはいが漂う港町ヴェニスで淡々と進んでゆくこの小説をマンの最高傑作とも呼びたい。訳者もいうようにだらだらと物語を進めているようで、フィナ-レへと一挙に進むとき、われわれ読者もアシェバッハのようにタッジオの魅力へ捕らえられる。この読者の心理を捉えた完璧な構成に全く驚かせられる。いつのまにか読者はアシェバッバとなり、タッジオを追うようにペ-ジを捲ってゆくに違いない。
映画を観る前に
読むことをお薦めします。
映画の方は、ただ観る分には少しわかりにくいのですが、先に原作を読んでおけば、美しい映像の何気ないシーン、何気ない会話やしぐさなどが、アッシェンバッハの心情を読むにあたって、いろいろな意味を帯びてくると思います。

この作品を読んでて感じるのは「陶酔」でしょうか。アッシェンバッハが美童タッジオに心から心酔させられたように、読者はこの作品の持つ雰囲気やらに心酔させられてしまうことと思います。この陶酔感に関して言えば、映画よりも原作のほうが勝るといっていいです。

映画を観る前に読むことをお薦めしていますが、既に映画を観たことがある人や映画なんて知らないという人にも是非ともお薦めします。素晴らしい文学作品です。




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