この恐ろしく長い小説を読みながら常に感じた事は、
本書が非常にヨーロッパというものを意識して書かれているという事である。
小説の舞台となったスイス高原のサナトリウム「ベルクホーフ」自体が、
様々な国々から療養患者が集まるヨーロッパの縮図の様であり、
そこでは様々な言語が飛び交い、各国を代表する登場人物たちが風刺的に描かれている。
主人公の青年ハンス・カストルプを挟んで、人文主義者のセテムブリーニと非合理主義者ナフタによって
延々と繰り返される論争に接して、私はヨーロッパの思想史の深淵にただ圧倒されるばかりであった。
だがそんな二人の論争を沈黙させてしまうペーペルコルンの神秘的な力に主人公は傾倒していく。
このペーペルコルンという登場人物の意味するものは何なのか良くわからないが、
トーマス・マン自身も当時の思想界での論争に行き詰まりを感じていたのだろうか?
本書はその様な難解な話ばかりではなく、主人公とロシア人のショーシャ夫人との恋愛のエピソードもあって、
それはそれで十分に楽しめる。
終り近くの「ひどくうさんなこと」という題名の章では超能力少女が登場して、
主人公の死んだ従兄を呼び出す実験を行なったりするが、
人々がスピリチュアルなものに惹かれてしまうのは、当時の大戦前の不安定な世相を反映しているのかも知れない。
そして現在のスピリチュアル・ブームについても十分注意した方が良いと感じたのだが、どうだろうか?
魔の山〈下〉 (岩波文庫)
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この小説を読んで痛感する事は、私達日本人は、ヨーロッパの歴史など知らない、と言ふ事である。我々が信じて居る書かれた歴史などとは違ふ歴史が、ヨーロッパには有った、と私は、思ふ。ほんの一例だが、この本のこの箇所を読んで欲しい。(以下引用)−−キリスト教徒の二人の子供が謎の死をとげたことから民衆運動と暴動が起こったとき、エリアは惨殺され、燃えさかる彼の家の入口のドアに釘ではりつけにされたのであった。妻は肺を病んで寝ていたが、幼いライブと四人の弟妹をつれて、六人がそろってさしあげて号泣し哀泣しながら国をあとにしたのであった。(本書172ページより)−−これは、登場人物の一人であるレオ・ナフタの父親とその家族の歴史に関する一節で、レオが幼少の頃、東欧で、彼の家族に起きた悲劇を語った箇所である。例えば、ここには、私達日本人が知らないヨーロッパの歴史の一面が描かれて居ないだろうか?−−これは、この小説のそうした側面のほんの一例である。
悪魔を意識しながら、教会を建設し、革命を実行して来たヨーロッパの精神史を裏側から知る為に、私達は、この黙示と呼ぶべき小説に取り組み続けなければならないだろう。
(西岡昌紀・内科医)
悪魔を意識しながら、教会を建設し、革命を実行して来たヨーロッパの精神史を裏側から知る為に、私達は、この黙示と呼ぶべき小説に取り組み続けなければならないだろう。
(西岡昌紀・内科医)
筋書はハンス・カストルプというハンブルクの青年が友人が入院しているスイスのサナトリウムに三週間の予定で見舞いに云ったら、どういう訳か自分が病人であることになり、数年もそこで入院する羽目になり、そこでの体験、特異な思想を持った様々な人たちとの出会いにより、精神的な成長を遂げるというものである。小説の技巧に会話、説明、描写という三要素がある。会話は登場人物のやり取りを記述する等速運動である。説明は「あれから3年たった」という記述により、時間を加速させたり停止させたりする。そして描写は登場人物の外面的、内面的な特徴を記述したり、小説の舞台装置を詳述し、その多大な文章量で時間を減速させる。本作品では主人公がサナトリウムに到着した最初の数日の描写が三分の一以上占められており、あとはあっという間に数年が過ぎ、最後は時間の流れそのものが停止する。時間芸術と呼ばれる小説の特性を駆使したマンの職人芸が発揮された作品である。
話の内容的には主人公のハンスがひょんなことから病院に療養することになり、、というような話ですが
単純に物語として読んでも愛や死への畏れや主人公の精神的な成長などとても面白く楽しめるないようですが
この作品には哲学的な意味合いも深い
読んでない人に悪いので何も言いませんがとにかく一度読んでみて
単純に物語として読んでも愛や死への畏れや主人公の精神的な成長などとても面白く楽しめるないようですが
この作品には哲学的な意味合いも深い
読んでない人に悪いので何も言いませんがとにかく一度読んでみて
何度も読み返して裏の裏の意味まで見つけ出せると味の出る本でもあります
そしてマンの描写力のすばらしさもこの本を引き立てている一つだと思います
生と死とは、愛とはどんなものかをテーマに書かれた長篇小説。
単純な人間、ハンス・カストルプがひょんなことからとある山の上のサナトリウムに仮入院したことから始まり、彼が精神的な成長を遂げ、それゆえに山を下りる(=物語の幕が下りる)所までが描かれる。
単純な人間、ハンス・カストルプがひょんなことからとある山の上のサナトリウムに仮入院したことから始まり、彼が精神的な成長を遂げ、それゆえに山を下りる(=物語の幕が下りる)所までが描かれる。
とても長い小説なので、途中で飽きてしまいそうになるが、カストルプが「単純な人間」であることが、逆に人生や人間のあり方といった問題を扱うのにふさわしかったのだ、ということも上下巻を通して読むと分かってくるし、頑張って読むに足る名作だと思う。
中でも音楽「菩提樹の歌」によせて描かれる「死の世界への愛」が印象的で、最後にはこの歌とともに読者はカストルプと別れを告げることになる。
個人的には、繰り返ち桊かれる自由や若者の生き方に対し、深く考えさせられた。



