『みずうみ』
とても静かな小説だった。まさに湖畔の澄んだ空気が
流れているかのようだった。その静けさは早朝の森のようであり、
多くを語らない登場人物たちの胸の鼓動が聞えてくるよう。
幼き時に登場した植物が、時を隔てて再び登場したりする。
自然は個体の移り変わりはあるものの、私に基本的には
変わらぬ姿を見せ続けてくれる。しかし、人間はそうはいかない。
常に変わりゆくものなのだ。昔と同じ姿を二度と見せてはくれない。
自然の不変性と人間の可変性が対照的に描かれた作品だったと思う。
みずうみ―他四篇 (岩波文庫)
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ふと思い出し、手に取り懐かしんで読む本がある。『みずうみ』という題のどこか透明で純粋で儚げな感じがするこのドイツの作家シュトルムの作品を私はいつ読んだのかは今となっては定かではない。
老学究ラインハルトは回想というにはあまりにも鮮明な少年の日の世界へと降り立つ。年下の幼馴染で可愛らしい少女エリーザベトと過ごした日々へと。
少しの行き違いが、徐々に取り返しのつかない大きな隔たりをうみ、結ばれるべきはずであった二人が大人になり別れざるを得なくなる。
ラインハルトは遠い追憶の中でのみ、愛しいエリーザベトと過ごす事ができると思うととても切なく感じるし、こういった幼き日のピュアな想い出はいついつまでも心の中に残っているものであると、我が身を省みて思い当たるのである。
老学究ラインハルトは回想というにはあまりにも鮮明な少年の日の世界へと降り立つ。年下の幼馴染で可愛らしい少女エリーザベトと過ごした日々へと。
少しの行き違いが、徐々に取り返しのつかない大きな隔たりをうみ、結ばれるべきはずであった二人が大人になり別れざるを得なくなる。
ラインハルトは遠い追憶の中でのみ、愛しいエリーザベトと過ごす事ができると思うととても切なく感じるし、こういった幼き日のピュアな想い出はいついつまでも心の中に残っているものであると、我が身を省みて思い当たるのである。
T. シュトルム(1817-1888)誕生の地フーズム(Husum)は、トーマス・マンの
町リュベックや軍港キールより更に北方デンマークとの国境近く、北海に面した
静かな海辺の町である。彼が愛着を込めて「海辺の灰色の町」とうたったこの町
はしばしば彼の作品の舞台ともなっている。短い夏が終われば、冷たく濃い霧が
町をすっぽりおおい、灰色の空にかもめだけが鳴きながら飛び交う日々があの地
では多いためである。
私達家族はハンブルグに住んでいたから、少し暖かくなるとクロッカスの花を見
に何度かフーズムを訪れた。小さな町だが緑も豊かで、木陰には敷き詰めたよう
に背の低い紫色の小花が咲き乱れていた。シュトルムの生家は浜辺近くの小さく
こざっぱりした家だった。
彼の作品をうんぬんする程私は読んでいない。ただシュトルムと聞くと、あの海
からの霧が町の広場いっぱいに立ち込めた夕暮れ時の灰色の町フーズムと、春に
ひっそり咲いているクロッカスがすぐ目に浮かぶ。そして低地北ドイツにはみず
うみや沼地が多い。「みずうみ」「三色すみれ」「白馬の騎士」など彼の作品は
こうした風土を背景としている。
『私は詩を書くように私の散文を書く』といった彼の作品はどれも静寂かつ詩
的である。取り戻せない過去の思い出と哀愁が描かれ、そこにはとりたててドラ
マチックな筋立てがあるわけではない。こんな地味な文学をドイツ語の授業で読
ませていたかっての日本の大学の教養主義が今となっては、微笑ましくなつかし
い。
町リュベックや軍港キールより更に北方デンマークとの国境近く、北海に面した
静かな海辺の町である。彼が愛着を込めて「海辺の灰色の町」とうたったこの町
はしばしば彼の作品の舞台ともなっている。短い夏が終われば、冷たく濃い霧が
町をすっぽりおおい、灰色の空にかもめだけが鳴きながら飛び交う日々があの地
では多いためである。
私達家族はハンブルグに住んでいたから、少し暖かくなるとクロッカスの花を見
に何度かフーズムを訪れた。小さな町だが緑も豊かで、木陰には敷き詰めたよう
に背の低い紫色の小花が咲き乱れていた。シュトルムの生家は浜辺近くの小さく
こざっぱりした家だった。
彼の作品をうんぬんする程私は読んでいない。ただシュトルムと聞くと、あの海
からの霧が町の広場いっぱいに立ち込めた夕暮れ時の灰色の町フーズムと、春に
ひっそり咲いているクロッカスがすぐ目に浮かぶ。そして低地北ドイツにはみず
うみや沼地が多い。「みずうみ」「三色すみれ」「白馬の騎士」など彼の作品は
こうした風土を背景としている。
『私は詩を書くように私の散文を書く』といった彼の作品はどれも静寂かつ詩
的である。取り戻せない過去の思い出と哀愁が描かれ、そこにはとりたててドラ
マチックな筋立てがあるわけではない。こんな地味な文学をドイツ語の授業で読
ませていたかっての日本の大学の教養主義が今となっては、微笑ましくなつかし
い。
シュトルムと云えば「みずうみ」(或いは「湖畔」と題される)だろう。彼の代表作である。この物語のいちばん美しい箇所は、月夜の湖に主人公が飛び込み、浮かぶ白い蓮の花まで泳いでいくシーンだ。まるでベートーベンの月光ソナタ第一楽章が散文になったかのような美しさだ。ため息が出るメルヘンの世界。愛すべき読書人よ、軽薄なディレッタントよ、たとえばヒステリックなロシア文学、人生云々説教臭く語る文学ももいいけれど、たまにはドイツロマン派で夜の思想を堪能されたし。
19世紀の古いドイツの短編集である。全部で5つの物語が収録されているが知名度は「みずうみ」が一番だろう。
少年の日、幼なじみの少女と戯れ、いずれは必ず彼女と結婚すると信じていた黄金の日々。
やがて寄宿生となって町の学校に進学し、少年の気持ちは昔と変わらずにいたのだが、少女は故郷に残った少年の親友と結婚してしまった。
ヘルマン・ヘッセをもうひとまわり古典にした語り口は、21世紀から遙かに時代離れしているのだが、それがとても懐かしい上品な雰囲気を演出している。
他の4作はもっと短い詩のような物語であるが、どれも良い作品である。
少年の日、幼なじみの少女と戯れ、いずれは必ず彼女と結婚すると信じていた黄金の日々。
やがて寄宿生となって町の学校に進学し、少年の気持ちは昔と変わらずにいたのだが、少女は故郷に残った少年の親友と結婚してしまった。
ヘルマン・ヘッセをもうひとまわり古典にした語り口は、21世紀から遙かに時代離れしているのだが、それがとても懐かしい上品な雰囲気を演出している。
他の4作はもっと短い詩のような物語であるが、どれも良い作品である。
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