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闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)
コンラッド中野 好夫
価格: ¥483 (税込)

文庫
出版社: 岩波書店
発売日: 1958/01
ISBN: 4003224817
おすすめ度:4.0
Amazon ランキング: 16313位
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読みにくかった
さすがに速読では、どこからクルツが出てきたのか、船はどこにいるのかわからず。テーマらしきものを把握しただけで終了。
二度目は普通に読んでやっと主語・述語。時系列を理解した。映画を見たから理解しただけで自分の想像力のなさを嘆く、、、情けない。3回目は別の訳闇の奥で読ませていただこう。
開き直ってしまうと初読で理解できない理由はその書き方にもある。これは誰の台詞か? 一般則を無視した括弧、時系列を切る挿話とレトリックにこだわった翻訳にいらいら(ちょっといいすぎたかな)。いまの翻訳ならばこうではなかったのでは。中島氏の西欧人の眼に〈上〉 (岩波文庫)は比較的親切に翻訳されている。
タイトル「闇の奥」という名訳(これは中野氏だったのか?)から惜しい。
原書も翻訳も読むのに一苦労
西欧帝国主義社会で育ちそれなりの理想に燃えてアフリカ奥地に乗り込んできた男クルツの内面で起きたこと、それは未開の土地で既存の価値観や西洋文明が別のそれと出会ったこと、ヨーロッパの中にいたら決して知りえなかったこと・・・そうクルツは闇を知ってしまった。我々もマーロウによって語られる道中の話からそれが何かを窺い知る。しかし、マーロウの言葉にもあるように、愕然とすることにはヨーロッパに帰れば誰もそんなこととは無関係な生活を送っている。婚約者とても、自分につながることしか見えていない。その他のことには関心がないのか・・・。
”The Horror”という言葉の一点に関しては、彼は覚醒していたのだと思う。今まで自分を自分たらしめていたはずの何かが崩れた、或は意味を成さないと知った時の恐怖、闇の存在を知ったものにしかわからない恐怖。彼はこれをちゃんと意識していたのだ。また、クルツはもう二度とそこへ来る前の自分に戻れないことがわかっていたのではないか?だからそこにぎりぎりの時まで居続けたのだと思う。一度何かが崩れてしまったクルツにとり、狂気の中に身を投じてまでも自らを立て直すことが必要だったのだろう。

ところで、私はこれをまず原書で読み次に翻訳(中野好夫訳版)で読んだのだが、どちらも同じ位読むのは大変だった。翻訳を読んでいるときにも原書に戻ったりした。機会があれば再び挑戦してみたい。
Darkness
翻訳が困難と言われている本書だが、中篇作品であるのにその濃度は計り知れない。
帝国主義の問題、人間の心の闇のメタファーなど、一年以上前に読んだ本なのに、
そのトグロを捲くような濃厚さは他の本の追随を許さない。
訳自体は非常に読み辛い感覚を得るが、何度でも読み直して論理的に思考を深めたい一冊。
これほど読むのに苦労する小説を知らない
読み始めたきっかけは、立花隆の「解読『地獄の黙示録』」の中で、
この小説が映画「地獄の黙示録」のベースとなっていることを知ったこと。
さらに調べれば、村上春樹の「羊をめぐる冒険」にも影響を与えているらしい。
これはもう「読むしかない」と思って読み始めた。

それにしても、文庫本にしても比較的薄い本であるが、
読み終わるまでこれほど苦労した小説を私は知らない。
狭いページに小さな文字がぎっしり詰まり、
(おそらく出版が古いために活字が欠け始めて)印刷が汚いと言う
物理的な問題もさることながら、
内容的にも文体的にも実に重苦しい。
純粋な文学的探求目的でもない限り、普通にこの本を娯楽として
読める人はそうそうはいないのではと思う。

ただ、内容的な重苦しさそのものが、他の映画や文学作品に対して
深い影響をあたえたであろうことは推測できる。
特に原著の出版当時の20世紀初頭の欧州の人々にとって、
まさに「闇」であったアフリカ大陸を生々しく描いた本は、
実に貴重だったのだろう。現に当時の欧州では商業的に成功したらしい。

「地獄の黙示録」も「羊をめぐる冒険」も、
作者の真のメッセージを探るには難しい本であるが、
いずれも他の面で楽しんで見られる/読める作品だ。
「闇の奥」がきっかけになって、
これら現代の作品に触れることができることに感謝したい。
アフリカのもう一つの大河
アフリカ大陸には二つの大河がある。その一方のナイル川が人類に文明をもたらした大河として知られるのとは対照的にもう一方のコンゴ川(ザイール川)は文明に取り残された暗黒大陸を代表する川として残されている。近代に至ってもナイルはその源流をめぐる論争と探検の物語として読書界に迎えられたのに対し、コンゴ川については知られるところが少なかった。それはこの大河を遡った奥地が西洋による残酷で大規模な収奪のジャングルであったからである。この事実は1998年にアダム・ホックシルドの「レオポルド国王の亡霊」が刊行されるまでは広く知られることのない巨大な歴史の闇であった。(藤永茂氏の近著「闇の奥の奥」はこの大著に依拠して書かれたもののようである。)
コンラッドの『闇の奥』は文庫本で162頁の短いものであるが読み易い本ではない。なぜなら読者はしばしば手を止めてそこに書かれていることの深い意味を探らなければならないと考えるだろうから。当然のことながらこの作品をめぐる論議はかまびすしい。しかし当面はそれを忘れて先へ先へと読み進めるのが賢明な読み方であろう。たしかにこの作品はコンゴにおける白人植民者の犯罪を白日の下にさらすのに大きく貢献した。反面においてはまた、著者の態度は不徹底であったと論ずる人もいる。しかし本書は何よりもまず、実際にコンゴ川を上流スタンリー・フォールズまで遡航したコンラッドの探検の書として読みたい。蒸気船からの眺めはしばしば単調であった。「その度に樹齢を知らぬ原始林が、この薄汚い別の世界の断片、変化と征服と交易と虐殺と祝福の前触れともいうべき僕等の船をじっといつまでも見送っている。」このようにこの探検者は多分に瞑想的である。そしてその思考の対象となるものはもっぱら彼の遭遇した人類の行為であり心理の内奥である。



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