この小説の魅力は、ひとつには荷風の抜群の観察力と文章力の高さが上げられると思いますし、もう一つにはアメリカでの荷風の生活のみならず、当時の移民がどのような生活をしていたかを各章の端々からうかがい知ることが出来るという点です。
スクールに通って米国人小学生と一緒に英語で授業を受ける日本人、米国人の使役労働者(召使い)として働く日本人、あるいは夫婦で移民して妻だけが女郎として売り飛ばされる話を聞いたという箇所などは、当時の日本人が艱難辛苦の生活をしていたことを物語っています。
その後の様々な苦難を乗り越えた結果、今日の日系社会が存在しているということを思うと、感慨深い物があります。
荷風の目を通して、アメリカへ移民した日本人の生活の一端を知ることができる点でもこの作品は興味深い作品であると思いました。
あめりか物語 (岩波文庫)
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永井荷風の約4年にわたるアメリカ滞在で、都会の汚濁と喧噪に、大陸の自然の多様性に、そして人情の機微に喚起されて得た表象を綴った短編集。荷風が、文明開化から一世代を隔てた時に、失われ行く日本文化とその対極としての西洋文化をしっかりとみる眼を持つに至るその経緯がこの作品に読みとれる。正確には、「ふらんす物語」をも読んで、と言うべきだが、荷風のロマン主義と文明批判の立場が、彼のアメリカ滞在中に出来上がったことが見て取れる。
ほぼ百年前に書かれた、というところに、この作品を今読む意味があると思う。あふれかえる物や情報に埋まって、日本社会は、社会・経済を含めて、天井に突き当たり先行きが見えない。このような時こそ、荷風が外遊を通して身につけた冷めた眼、透した批判力、荷風文学の座標軸を、あらためて評価して良いと思う。そのような荷風の眼を通して、21世紀を迎えた日本の立っている位置が、グローバルな3次元空間に100年という時間軸を加えた四次元空間の中に見え始めると思うから。
ついでに、この作品は、文庫本では、現在、講談社学芸文庫や新潮文庫でも購える。文庫本でも、岩波版の字が最も大きく、年配者にはありがたい。新潮文庫版は、字がやや大きいと共に、ルビが多い。岩波版は初版準拠。手に入りやすいこれら三種を比較して、字の違いにとどまらず、中身の違いをみるのも面白い。これは、どの版を買おうかと迷った時の感想。



