本編で描かれているのは芸者駒代を中心とする新橋花柳界の人間模様であるが、やり方に
よってはいくらでも複雑なストーリー展開が期待できる題材(谷崎なら『卍』並みのドロドロした
人間関係を描くに違いない)にも関わらず、荷風の筆は多くの事を語りはしない。そう言うと
いかにもストーリー的に物足りないかのように思われるが、荷風の本質は谷崎のように複雑な
ストーリーを理路整然と語ることではなく、「空気」「雰囲気」を雅俗混交的な独自の文章で
我々読者に伝えることにあり、本編では今では失われた新橋花柳界の雑然としながらも情緒に
溢れた世界が十分に味わえることだろう。その意味では肝心の「空気」がいかにも希薄な
『墨東綺譚』などよりもずっと荷風の本質を表している作品と考えられる。(事実、「荷風ファン」
を自任する丸谷才一も墨東綺譚は「過大評価」と評している)。
腕くらべ 新版 (岩波文庫 緑 41-2)
|
Amazon.co.jp
20歳代半ばを過ぎ、花柳界にあっては「年増」と呼ばれる新橋の二流芸者、駒代。いかにも「荷風好み」と言えなくもない、幸薄い主人公である。身請けされて一時は東北へ引きこもるが、旦那と死別し、身のやる方なく再び東京の芸者屋に舞い戻る。「ああ芸者はいやだ、芸者になれば何をされても仕様がない…」と心の内では嘆くものの、他に行き場があるわけではない。虚栄と打算の渦巻く非情な世界で、駒代が恋の「腕くらべ」に破れて落ちていく様が描かれる。
フランス自然主義文学の影響を受け、自らの小説にもその手法を具現していった永井荷風。芸娼妓とそれを取り巻く人たちの細かな風俗描写や、主観を排し冷徹な筆致で克明に人物を浮き彫りにしていく手腕に揺るぎはない。が、それにしても荷風はこの駒代という女性をこれでもかというくらい精神的、肉体的に痛めつける。周囲の人間からことごとく裏切られ、肉体を蹂躙される駒代の姿は、あまりに悲痛で、サディスティックな趣向をうかがわせるほどである。
しかし物語は、意外とも言える楽観的な結末を迎える。やや唐突で全体の調和を乱しかねない終結に、読む者はどこかほっとさせられるだろう。荷風は登場人物を最後まで突き放す作家ではない。ときには文学的意匠に背いてでも、登場人物に救いの手を差し伸べてしまう。そこにこの稀有な作家の、言いようのない魅力が存在している。(三木秀則)
フランス自然主義文学の影響を受け、自らの小説にもその手法を具現していった永井荷風。芸娼妓とそれを取り巻く人たちの細かな風俗描写や、主観を排し冷徹な筆致で克明に人物を浮き彫りにしていく手腕に揺るぎはない。が、それにしても荷風はこの駒代という女性をこれでもかというくらい精神的、肉体的に痛めつける。周囲の人間からことごとく裏切られ、肉体を蹂躙される駒代の姿は、あまりに悲痛で、サディスティックな趣向をうかがわせるほどである。
しかし物語は、意外とも言える楽観的な結末を迎える。やや唐突で全体の調和を乱しかねない終結に、読む者はどこかほっとさせられるだろう。荷風は登場人物を最後まで突き放す作家ではない。ときには文学的意匠に背いてでも、登場人物に救いの手を差し伸べてしまう。そこにこの稀有な作家の、言いようのない魅力が存在している。(三木秀則)
いかにも永井荷風らしい、官能的にしてどろどろとした男女の模様。荷風小説の定番である芸者が、これまたヒロインなのです。お得意の体言止も満載だし、相変わらずワンパターン(褒め言葉!)。



