我輩は犬である。
名前はポチだ。
この本に登場する猫は、我輩の友達なのだがまだ名前が無いらしい。
名前さえ付けてもらえないショボい猫なのだが、こいつがなかなかの男なのである。
こいつは、妻と3人の娘を持つちょっと鬱病気味の英語教師に飼われてやがるのだが、猫の分際で人間以上に人間の本心を読み取るのである。
おまけにどこで読んだか知らないが、小難しい文学なぞにも通じていて哲学的思想に浸り、俗世間で右往左往する人間どもを彼方の天空から見下ろす神のごとく、冷静に主人やその他の人間を見つめ続けるのである。
こいつ以外にも猫は登場する。
こいつを「先生」と呼ぶ三毛子という雌猫や、下品で無教養で粗暴極まりない「車屋の黒」というでかい黒猫である。こいつもさすがに黒のことは恐くてしょうがないらしい。
猫の視点から、人間の生き様を風刺的に描いた大変ユニークで質の高い傑作と言えよう。
ちなみに我輩は登場しない。
ポチなんて犬は、多分登場しなかったと思う・・・。
まあ、気になったら最後まで読んでみてくれたまえ。
では失敬。
吾輩は猫である (岩波文庫)
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司馬さんが坂の上の雲を書く上で、主人公を”明るさという点で子規を選んだ”と。
選ばれなかったのがこの漱石だったんですね。
まさか今から100年以上前の小説がこんなにも可笑しく、共感できるとは。
明治期の文人知識人たちの鬱屈が目にみえるようでありながら、諧謔味のあるユーモアの数々数々。
逆に言ってしまえば私たちは、その形而上的な、精神的な段階、100年前から大して進歩していないのでは。と、思わせるほどのこの現代との一体感はなんぞ。
活字で笑わせていただいたのはさくらももこ、リリーフランキー以来。
旧千円札の肖像金之助氏の栄誉を今一度讃えたい。あなたは素晴らしい。素晴らしいが、ちと博覧強記に過ぎたということか。理解者がおらず、寂しくもあっただろうと思います。
選ばれなかったのがこの漱石だったんですね。
まさか今から100年以上前の小説がこんなにも可笑しく、共感できるとは。
明治期の文人知識人たちの鬱屈が目にみえるようでありながら、諧謔味のあるユーモアの数々数々。
逆に言ってしまえば私たちは、その形而上的な、精神的な段階、100年前から大して進歩していないのでは。と、思わせるほどのこの現代との一体感はなんぞ。
活字で笑わせていただいたのはさくらももこ、リリーフランキー以来。
旧千円札の肖像金之助氏の栄誉を今一度讃えたい。あなたは素晴らしい。素晴らしいが、ちと博覧強記に過ぎたということか。理解者がおらず、寂しくもあっただろうと思います。
ワガハイハ、猫である
名前はもともとない
今日も、私の主人は、パソコンに向かっている
我が輩と同じく主人は、夜によく活動している
全く、人間は気楽である 時々部屋に散乱する物の中から、食べ物をいただく
そして私はゴミ箱の中で一眠りする
ゴミ箱の中は白いくしゃくしゃ、ふわっとした物であふれており体を滑り込ますとふわふわなのである
ある日、主人が急に動かなくなった
私はついに部屋の外にでたが、溝に落ちて目の前が真っ暗になった
名前はもともとない
今日も、私の主人は、パソコンに向かっている
我が輩と同じく主人は、夜によく活動している
全く、人間は気楽である 時々部屋に散乱する物の中から、食べ物をいただく
そして私はゴミ箱の中で一眠りする
ゴミ箱の中は白いくしゃくしゃ、ふわっとした物であふれており体を滑り込ますとふわふわなのである
ある日、主人が急に動かなくなった
私はついに部屋の外にでたが、溝に落ちて目の前が真っ暗になった
・小泉八雲、高浜虚子が出てきます。
・「送籍」なる男も会話に出てきます。
・自殺志願をユーモラスに描いてます。
終盤では、漱石特有の問題(そう、あの個人の自我や我執の問題)が顕になり、やはり漱石の小説なんだなあと感じさせられます。
・ベースボールを一種の砲術のように感じるといったところ、日本の近代化を日常的な面で感じるところです。
・漱石の言葉遊びも実際に発見できました。
・何年か前、批評家が言っていた漱石の凄い所、すなわち「芸術の消滅」を語っている部分、それも見つけました。みんなが自分のことしか考えないから、芸術や夫婦などの、複数人物あってこその社会的な活動もなくなってしまうというわけ。
・当たり前のことだけど、猫がこんな文を考えたり書いたりはできない。それなのに作品として成立しているというのが、漱石の、同時代の風潮を超越したところです。
・「送籍」なる男も会話に出てきます。
・自殺志願をユーモラスに描いてます。
終盤では、漱石特有の問題(そう、あの個人の自我や我執の問題)が顕になり、やはり漱石の小説なんだなあと感じさせられます。
・ベースボールを一種の砲術のように感じるといったところ、日本の近代化を日常的な面で感じるところです。
・漱石の言葉遊びも実際に発見できました。
・何年か前、批評家が言っていた漱石の凄い所、すなわち「芸術の消滅」を語っている部分、それも見つけました。みんなが自分のことしか考えないから、芸術や夫婦などの、複数人物あってこその社会的な活動もなくなってしまうというわけ。
・当たり前のことだけど、猫がこんな文を考えたり書いたりはできない。それなのに作品として成立しているというのが、漱石の、同時代の風潮を超越したところです。
岩波文庫のこの試みは成功していると思えます。
日本文学の雰囲気をできるだけ壊さず、
手に取りやすくすることで、
国語の時間以外に、日本文学の素晴らしさを
確認できるチャンスを与えてくれてますよ。
難しい漢字にルビが振ってありますが、できるなら
同じ漢字が出てくるたびにルビを振って欲しいことと、
注釈は、巻末にまとめることなく同じページに添えられたら
確認するのも楽で便利だろうと思います。
夏目漱石の軽妙な言葉遣いを損なうことなく、
とても読み易く、丁寧に作られています。
さすがは夏目漱石と唸ること請け合いの傑作です。
まさか、吾輩と称する猫がああなるとは・・・。
日本文学の雰囲気をできるだけ壊さず、
手に取りやすくすることで、
国語の時間以外に、日本文学の素晴らしさを
確認できるチャンスを与えてくれてますよ。
難しい漢字にルビが振ってありますが、できるなら
同じ漢字が出てくるたびにルビを振って欲しいことと、
注釈は、巻末にまとめることなく同じページに添えられたら
確認するのも楽で便利だろうと思います。
夏目漱石の軽妙な言葉遣いを損なうことなく、
とても読み易く、丁寧に作られています。
さすがは夏目漱石と唸ること請け合いの傑作です。
まさか、吾輩と称する猫がああなるとは・・・。



