物理学者の寺田寅彦は、明治末年から昭和初期にかけて吉村冬彦名で広範囲な分野に健筆をふるった。本書は、寅彦を仰敬する作家、俳人、評論家、科学者等12人が、「私のなかの寺田寅彦」について述べたもので、様々な専門家の筆によって文理にそびえる寅彦の偉大さが浮かび上がる。どれも面白かったが、特に興味深かったのは、以下のような話だ。
出久根達郎の「虚実皮膜の味わい」では、初期の代表作『団栗』を当時の寅彦の日記と照らし合わせ、事実関係を比較検討する。そして『団栗』には創作や文学的な作意がみられ、エッセイではなく小説と断じ、それ故にまた読者の感動も大きいと述べる。
正木ゆう子の「俳人寅彦」では、旧制高校2年の時夏目漱石の手ほどきで始めた俳句の実作、漱石門下3人(寅彦、松根東洋城、小宮豊隆)による漱石俳句の解釈、3人で行った連句の実作、寅彦の俳諧論を紹介する。そして映画・絵画・文学論から日本文化論まで、寅彦の批評や芸術観の根幹には俳諧連句があったとする。(同趣旨のことを、岩本憲児は「軽快な俳諧としての映画」で、池内了は「連想の人―寅彦と冬彦」で触れている。)
金森博雄、戸田盛和、池内了の物理学者は、科学者・サイエンスコムニュケーターとしての寅彦の予言や先見性について語る。寅彦は同時代に起きた関東大震災、三陸大津波や函館大火等の災害を科学的に分析し、防災や被害極小化のための重要かつ緊急の提言をし、つとに東京大空襲を危惧していた。また、金平糖の角、電車の混雑、銀杏の落葉についての考察に見るように、非線形現象や自然現象への関心は、70年後の今日の複雑系(カオス)やアポトーシス(細胞の自殺死)の理論に通じる。
様々な分野の人が楽しんで書いたと思われるもの12編が纏まっている。これに導かれて「寺田寅彦随筆集全5巻」をゆっくり味わってみようと思った。
寅彦と冬彦―私のなかの寺田寅彦
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